大学の少し離れを、人工水路が流れている。直角に入り組んだ石造りの疏水は如何にも近代の佇まいを呈す。琵琶湖から水を引くので、琵琶湖疏水と言うらしい。開発には数多政界の著名人が携わっていると噂に聞いた。
 この水路は、寂れつつあった京の都を再び栄させるべく、近代威風を導入させる意図で引いたそうだ。然し不思議と、古い建築の多い街並みにこそ違和無く馴染んでいる。鴨川や桂川とはまた違った雰囲気を醸しており、私などは川より好んで能々利用させて貰っている。

 この草紙に記す一つ目の妖し事は、必ず此の話題にしようと定めていた。故に話は、二月初旬の寒の頃に遡る。
 或の日、私は一人神宮近辺の疏水口をぶらついていた。友人達と大学講堂にて学事議論を重ねた帰り、白熱し火照った肌と頭を冷やさんが為、一人帰宅路を迂回したのだ。
 もう日も充分に暮れ、空には月が昇る時分であった。疎水橋を少し離れた定食屋などから、焼いた魚や味噌汁の匂いが漂っていた。看板代わりの朱提灯が宵闇に並び浮く。一日の仕事を終えた働き盛の男たちが、冷気に凍えた身体を擦りつつ、暖簾を上げて温かみある室内に吸い込まる様がはっきり見えた。
 対して人の気こそあるが其の姿が見えないのが、水面を挟んだ疎水脇の此方であった。私は孤独に、然し気儘に、流水の進行に足並み併せて暢気だらりと歩きゆく。疎水彼岸の淡い光は小さくも数多い。それだけ街に活気があるのだ。風にふと揺れる赤提灯の他にも、家屋の窓から漏れる電灯、飛びでぽつりと灯る街灯。月光。星の瞬きは、少ない。
 天から注ぐ自然光の弱しい故に、此処は闇に沈みがちな場所かも知れぬ。夜分は神宮周囲の立木が騒めき気味悪さすら覚えるそうだ。然し少なくとも地の上は、人の活動を助くるように、尖鋭な時代の光に溢れていた。
 更に、其の日は望月だった。昇りたての色濃い月は、空に目映く大光を放って街を優しく見下ろしていた。
 私はふと、足を止めて疏水の流れを眺めやった。総ての人工灯が明度を押さえて、水面にゆらり揺蕩っていた。水の流れに従って、動き、留まり、淡い光はより幻想的な世界を醸しだす。其れは、恰も祭りの景色に酷似していた。吉田神社の節分祭や祇園祭、万灯会、更に身近な処では、我が故郷では送り盆に夜通し踊り明かす。其う言った夜祭などは、暗がりの中にも沢山の夜店が立ち並び、少し離れた処から見やると丁度この水面のような美しさなのであった。

 遠くの水がトプンと音を立てて、同時に一瞬、暗色の水中から何か顔を出すのが見えた。精々鴨だろうと高を括っていた所、そいつは水中に潜った途端にすいすい泳いで近寄ってくる。余り泰然とした泳ぎっぷりに、鯉の類かと認識を改めたが、どうやらそれも違うようだった。ひらりと優雅に赤い切れがはためいた。水面ほど近い水中の事である。街灯の光に端だけ照らされすぐ消えた。女性のフロックが水に溺れて流れる姿が咄嗟に過る。嫌な連想は直ぐに頭からかき消した。
 果たして近づいて来たそいつを見れば、其れはどうやら巨大な一匹の金魚であった。見事に朱い流金の、私の身の丈を越える程大きな奴がひらり尾鰭を動かして、悠然と泳いでいる。一度向こうまで行ったと思えば亦直ぐ此方に戻ってきて、幾度も光の水面を行き来していた。
 呆気に取られてぽかりと口を空けた儘見ていると、不意に金魚は同じ所をぐるぐると回りはじめた。辟易しつつとくと見やれば、どうやらそれは水面の月光を囲うように泳いでいるのだ。
 月、と私が声を洩らすのと同時、金魚が大きく口を開いた。がばりと遠雷に似た音が鳴り、緋色の口先が水面上に浮き上がる。次いで顔、鰓、鰭まで空中に姿を見せた。
瞼を持たぬ魚介の瞳が此方を向いた。無機質な眼球は、然し猛々しい生命の潤いを持ち合わせていた。霊魂で無ければ死体にも非ず。確かに、此れは生きた金魚。其う、悠長に思うも一瞬の事だった。直後はばちゃん、と何とも不恰好な音を立て、金魚は顎から水に沈んでいった。

 さて、そんな不器用な潜りをされれば辺りとて無事には行かぬ。私は金魚が刎ねた水を頭からしこたま被り、全身ずぶの濡れ鼠。はっと我に返ってこれは何たる不届き、許すまじと慌てて疏水を覗くも遅し、金魚は既に悠々泳いで彼方に去ったようである。
 後に残されたのは総身から水を滴らせ嚔の私と、水面に映る淡い人工的な灯りのみ。疎水からは大きな金魚も月の光も、綺麗さっぱり跡形もなく消えてしまったのであった。
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